都内唯一の海洋高校に聞く 海が教えてくれること
東京の海と聞いて、どんな景色を思い浮かべますか。
レインボーブリッジ、行き交う船、埋め立て地の護岸。多くの人が思い浮かべるのは、そうした「都会から見える光景」かもしれません。けれど、それは東京の海のほんの一部。南へ目を向けると、伊豆諸島から小笠原諸島へと、青い海と豊かな自然に囲まれた島々が続いています。
そんな目の前に広がる海と共に暮らしながら、海を専門的に学べる場が、伊豆大島にある東京都立大島海洋国際高校(以下、大島海洋国際高校)です。「海に学び、未来を拓く。」を掲げる同校の学びと、教育の現場から見る東京の海について、副校長の堀野智行先生にお話を伺いました。
海のすべてが学びに 水産科から変化を遂げた都立高校

大島海洋国際高校の歴史は、1946年に水産科が設置された東京都立大島農林学校にまで遡ります(東京都立大島海洋国際高等学校「沿革」)。
現在の「大島海洋国際高校」に生まれ変わったのは2006年。これまでの漁業や船舶の職業教育だけでなく、海洋産業、環境、生き物へと学びの幅を大きく広げ、今年で開校20周年を迎えます。
島で過ごす3年間が育てる チームワークと海の感覚

大島海洋国際高校では、1年次に一般教養や水産基礎科目を学んだのち、2年次から希望する専門分野の学びを深めます。3年間にわたる島での学生生活には、2つの大きな特徴があります。
ひとつは、都立高校で唯一の全寮制であること。海の上では一人ひとりの行動が全員の安全に関わります。そのため、同校では3年間の寮生活を通じて暮らしを共にしながらチームワークを養います。
島での寮生活について、堀野副校長はこう話します。
「集団で生活する上で社会性や協調性はとても重要で、座学だけでは十分に身につきません。寮生活を通して、人に迷惑をかけないことやお互いに協力する経験は、生徒たちの大きな糧になります」

もうひとつは、島の環境を活かした現場型の学習。学校の中だけでなく実際に外や海へ出て、学んだ知識を実践・応用していきます。
例えば、操船の授業では近くの港に係留してある小型船を使い、数人ずつに分かれて実際に船を動かします。海全体を学びの場としていることが、海洋系高校ならではの特色です。
授業のほかにも、全国大会優勝候補のカッター部を筆頭に、潜水部、水泳部、セーリング部、釣り部など、海に関する部活動が充実しています。
「島での生活は、海が日常にある暮らしです。だから、海が静かなときや荒れているとき、豊かなときが感覚的に分かるようになります」と堀野副校長は話します。
実習船「大島丸」で広がる海の世界

同校の授業でもっとも特徴的なのが、実習船「大島丸」の存在です。船は全長約60m、総トン数977トンにものぼり、生徒や教員など50名ほどが乗り込むことができます。
1年次では、基礎航海実習として約5日間かけて東京湾を周回します。実習では水の色や透明度、水温を測る海洋観測のほか、船での見張りや当直などにも取り組みます。また、食事やベッドメイクなども共同で行い、チームでの船上生活を体験します。
2年次からは船舶運航、海洋生物、海洋産業、海洋探究の4つの中から専門分野を選び、学習を深めます(東京都立大島海洋国際高等学校「特色」)。
各分野の授業内容はさまざま。校内の水槽でアワビやニジマス、ウツボを育てる授業もあれば、深海生物の捕獲といった島の環境を活かした授業もあります。さらに、航行計画から目的地への操縦までを自分たちで行ったり、水上オートバイの操縦練習をしたりするなど、学校の中に留まらず、島や海全体を活かして授業が作られているのが特徴です。

そして、生徒たちはそれぞれの専門分野に合わせて大島丸に乗り、10日から2週間程度の航海実習を体験します。堀野副校長によれば、底釣りのほか気仙沼での震災跡地訪問、小笠原での生物研究やダイビング実習、マリンスポーツの実習などが行われます。また、船の操縦を学ぶ船舶運航分野では、約2ヶ月にわたる長期航海があり、今年は国際交流を兼ねた海外への航海も検討しているとのことです。
大島での授業から、気仙沼、小笠原、そして海外へ。教室では出会えない世界が、生徒たちの教材になっています。
飛行機で25分 海が日常にあるもうひとつの東京

大島海洋国際高校がある伊豆大島は、東京の島しょ部でもっとも大きな島。東京の本土側からの距離も近く、竹芝から高速ジェット船で最短1時間45分、調布飛行場からの空路ならわずか25分でたどり着けます(東海汽船・新中央航空 2026年9月時点)。そんな近さにありながら、雄大な自然が広がるのが特色です。
堀野副校長は、大島に赴任する前は神津島や八丈島でも教鞭を執った経験があるとのこと。それぞれの勤務地を思い返すと、どの島も砂浜や海の色が印象的だったと振り返ります。
「島によって雰囲気が全く異なるんですよね。神津島は真っ白な砂浜、八丈島は八丈ブルーと呼ばれる海の青。大島は、海の青と自然の緑、どちらも豊かにあるのが印象的です」
入学をきっかけに海を渡り、島で暮らし始める生徒たちにとって、日々目にする海はこれまでとまったく違うもの。東京の本土側では、魚は船で沖に出て獲るものだったのが、ここでは岸で竿を垂らせば魚が釣れるのが当たり前です。そんな「海が日常にある暮らし」に、生徒たちは最初は驚きながら、次第に溶け込んでいきます。
東京から見えにくい「海で働く」という選択肢

一方で、海の世界にも課題はあります。堀野副校長は、海洋分野の人材がだんだんと不足していると指摘します。実際に、同校でも卒業生全員が海洋に関連した進路に進むわけではないそう。
さらに、この学校に着任してもうひとつの課題に気づいたと話します。
「東京では、海はレジャーで訪れる場所というイメージが強く、海が私たちの暮らしとつながっていることは見えにくいと感じます。でもこの学校に来ると、船や物流、環境、漁業など、海のさまざまな分野が私たちの生活につながっていると感じるんです」
見えなくてもつながっている 海と私たちの暮らし

海と私たちの暮らしをつなぐもののひとつが、物流です。
近年、東京港は輸出入コンテナの取扱量が国内1位。食料品をはじめ、生活に必要なものが日々海を通じて運ばれ、首都圏を中心に4,000万人規模の暮らしを支えています(東京港埠頭株式会社「首都圏4000万人の生活と産業を支える東京港」)。
私たちの暮らしが海に支えられている一方で、私たちは海の環境に影響を与えています。東京都によると、日本の海岸に漂着するごみの約半分は、レジ袋やペットボトルなど生活由来のものです(東京都「TOKYO海ごみゼロアクション」)。
こうして海と私たちの暮らしが関わり合っているにもかかわらず、そのことに気づいている人は多くありません。街で暮らしていると、海が日常にある世界は見えにくいからです。

「大島もそうですが、伊豆諸島、小笠原諸島まで広がる東京の海は、東京湾とは海の色も自然も全く違います。ここも東京都なのかと思いますよ」と堀野副校長は話します。
東京には、まだ知らない海がある
船が行き交う東京湾も、大島や小笠原を囲む太平洋も、すべて東京の海。そして、その海を舞台に、学び、働き、暮らす人たち。大島海洋国際高校の生徒たちは、3年間を海と共に過ごしながら、その姿を身をもって知っていきます。
街からは見えなくても、東京の海は私たちが思っている以上に広く、身近なところにあります。
その海を知ることは、東京の新しい一面を知ること。
いつもの東京を、少し違った目で見てみると、まだ知らない海が見えてくるかもしれません。
取材協力:東京都立大島海洋国際高等学校 副校長 堀野智行氏
取材:みつはしさなこ
