首都東京に広がる森|都心では知られていない舞台裏

ニュース
公開日:2025年12月23日
イベント詳細トップ

ずっしりと大きな丸太が切り落とされた瞬間、沸き起こる歓声。人間の身長ほどもある大きなのこぎりを使って木を切るのは、子供だけでなく、今では大人にとっても得がたい経験です。

薪割体験

東京の森では、週末を中心に森林体験イベントがいくつも開催されています。森林の中を歩き、実際に木に触ってのこぎりを使う体験は、都内に住むファミリーや自然のアクティビティが好きな方が多く訪れます。

実は初心者でも親しみやすい東京の森の魅力


切り株

意外と知られていないことですが、森林が全面積の約4割を占めている東京。そこには、東京に住む私たちが親しみやすい魅力があります。

一つ目は、都心では決して見られない山の連なりや、川の流れる自然で溢れていること。こうした東京の景観地は国立公園や国定公園として指定・活用されています。全国の多くの国立公園は環境保護としての役割が大きいのに対して、東京の公園は、一般の方々が利用しやすいよう設備が整えられているのが特徴です。

二つ目は都心からのアクセスの良さ。高層ビルが立ち並ぶ都心部から、電車で2時間程度の距離で森林が広がるエリアまで行けるため、週末に日帰りで楽しむことが可能です。また、アクセスの良さは企業の社会的活動の受け皿としても活用され、森の現状を伝える役割を担っています。

「大自然の風景や恵みを、都心から日帰りで満喫できるのが東京の森の良さ。森になじみが少なかった人も親しみやすいんです」
檜原村で林業を営む「株式会社東京チェンソーズ」代表取締役の青木亮輔さんはそう話します。

こうした森の魅力を体感できる一方で、この森林が失われるかもしれない危機が静かに進んでいます。

人口減少によって森林整備が困難に


檜原村の森林

現在東京の森林に多いスギやヒノキは戦後に植林されたもので、樹齢70年を迎えました。生産材として活用するのに適した時期であるものの、山間部の人口減少によって林業の担い手が不足し、森林整備や間伐が追いついていません。
その現状を象徴する地域のひとつが、多摩地域の山間部にある檜原村です。青木さんはこう話します。

「森林面積が全体の93%を占める檜原村は、20年前までは人口が3,500人程度でした。それが現在1,900人ほどになり、2050年には800人まで減少するとの統計が出ています。これまでは地元の担い手だけでも整備ができていましたが、このままでは森林を維持するのが人員的にも資金的にも厳しい状況です」

20年後、30年後の森と水を守るために


作業道と機材置き場

土にしっかり根を張っている森林は、雨が降ると葉から幹、根を伝って雨水を地下に流します。地下に流れた雨水は、20年近くの時間をかけてゆっくりと浄化しながら流れ、やがて私たちの水源となっています。
森林整備が追いつかず木々が過密になると、根が十分に張れず、土砂災害のリスクが高まるほか、森が雨水を蓄える機能(水源かん養機能)の衰えにもつながります。

ゆっくりと、しかし着実に生長を続ける木々たち。30年後に樹齢100年を迎える大きなスギやヒノキが悠々とそびえ、きれいな水を私たちへ届ける環境を作るには、現在過度に密集した木々を間伐し、すきまに小さな樹木がさまざまに育つ環境が必要です。

しかし、東京の山地は傾斜が急な場所が多く、木を切り出してトラックで搬出するのに時間とコストがかかります。人口が急激に減少していく中で効率よく整備を進めるには、トラックや重機が入りやすい「作業道」が欠かせません。いま東京の森が直面しているこの重要な課題は、残念ながら都心部では十分に知られていません。

東京から始まる 新たな林業のかたち


積み上げられた薪

「木を切るのは環境破壊につながる」。そんなイメージを持っている方もいるかもしれません。しかし、人口減少と森林整備が行き届かなくなっている現在、状況は大きく変わりました。水源を守り豊かな森を残すために、現在密集している木々を適切に間伐することが必要です。東京都などの自治体では、間伐の人員を補うためにボランティアスタッフの募集も行っています。

さらに、「林業は儲からない」という従来のイメージから脱却し、新たなビジネスモデルに挑戦する企業もあります。株式会社東京チェンソーズは、伐採した木を丸太として市場に販売する従来のモデルから、幹だけでなく枝葉や根の部分まで余すことなく使うスタイルに転換。これまで市場では価値がないとされてきた根は家具の土台やオブジェに、枝葉はアロマチップとして商品化されています。森林を持続可能なレベルで管理しながら、木1本あたりの価値を最大限に高めていく取り組みです。

こうした取り組みは以前から少しずつ行われていたものの、残念ながらなかなか知られてきませんでした。しかし、近年SNSが広まったことで、森林と馴染みが少なかった人たちにも森の現状が届きやすくなったと言います。SNSでの発信は、東京からやがて全国の同じ課題を抱える森林にも良い影響を与えることが期待されています。

未来の豊かな森のために、いま私たちができることとは


東京の森

山や森と離れた場所で生活をしていると、自分が森のために何ができるのか分からない方もいるかもしれません。最後に、東京農林水産ファンクラブから、私たちが今からできることを3つのステップで紹介します。

  1. 森に足を運んでみる
    実際に山や森に来てみて、森の中で過ごす気持ちよさや山を歩く達成感、非日常の景色を味わう。まずは森にいることを楽しみます。
    たとえば、多摩地域にある都民の森では自然教室や木工教室、登山教室などを行っています。
    東京都檜原都民の森
    東京都奥多摩都民の森
  2. 東京産の木材を使った製品を購入する
    地域のショップやオンラインなどで東京産木材を使ったグッズを購入する。商業施設の催事に出店することもあるので、ぜひ足を運んでみてください。
  3. 森林イベントに参加する
    自治体などが開催しているボランティアに参加する。実際に森で手や体を動かしてみることで、楽しみながら森づくりに関わります。
    森林ボランティア活動(とうきょう林業サポート隊など)

東京に残された豊かな山や森。それらはすでに、自然や少なくなった地元の担い手だけでは維持することが難しくなっています。電車や車で気軽に行ける距離だからこそ、もっと東京の森に触れ、私たちのくらしの一部であることを感じてみませんか。

取材協力:株式会社東京チェンソーズ

株式会社東京チェンソーズ 代表取締役 青木亮輔さん

大阪生まれ。川や田んぼが身近な場所で遊びながら幼少期を過ごす。映画『植村直己物語』に影響を受け、大学時代は探検部に所属。学生時代に全国の山川や洞窟を巡ったりモンゴルやチベットの自然に触れたりしたことで、日本の森林を改めて見直すようになり、林業を志して起業。「森と街が共生する社会」を目指して26名のスタッフとともに活動している。

東京チェンソーズ:https://tokyo-chainsaws.jp/

取材・撮影:みつはしさなこ